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MAZDA RX-8 Spirit-Rとともにある日常。

”THE PACIFIC”をみて。

THE PACIFIC
先月からAmazonプライムでコツコツとみていたドラマ
 
”THE PACIFIC”
 
名の通り、太平洋戦争でのアメリカ海兵隊の
ガダルカナル、ペリリュー、硫黄島、沖縄などでの戦いと、海兵隊員の帰還後の様子について、実話をもとにリアルに再現したもの。
 
2010年のドラマだけれども、とにかく戦場の描写もリアルで”プライベートライアン”を上回るリアリティだと感じる。
印象的なのは、「名前(人格)を持った個人」に焦点を当てたストーリー展開だろう。
 
これまであまり表現されなかった、まだ生きている日本兵にナイフを使って金歯を取り出すシーンや
「海兵隊は捕虜をとらない」
言葉通りに負傷した日本兵や逃げる民間人を殺していくシーンもある。
 
最初は
「またアメリカバンザイの英雄ものか」 
と見始めたが、その期待は見事に裏切られた。
 
”なんで、彼らや日本人たちがこのようなことをしなければならなかったのか”
という疑問やモヤモヤが常に頭と心にのしかかっている。
”自分の子供や友人に、同じ思いをしてほしくない” 
という再認識はもちろん。
 
そういえば先日、イエメンの結婚式で集まった人々がサウジアラビア軍により爆撃された際の動画が海外のニュースで配信された。
20人以上が亡くなった暗いがれきが散らばる空間の中で、
一人の小さな少年がすでに息絶えた父親にずっとしがみつき泣き叫びながら離されそうになるのを拒む映像だった。
緑のTシャツと白の長ズボンをはいた小さな男の子。朝、その服を着るときには、きっとその服で深い悲しみに直面する等と思いもしなかったはずだ。
 
ちょっと想像するだけでわかる。
我が子を自分が同じ目に合わせることを、自分はいかなる理由があろうと望むことはない。
子を武力で亡くし、悲しむ親たちもいる。
これは非日常ではなく、地球上では日常的に起きている出来事。
  
”なんで、彼らがそのような状況にならなければならいのか”
 
と考えずにはいられない。
考えつづけ、日常に取り入れていくことが大事なのだと思う。
 
あたかもテレビゲームのようになっていく戦争は、
その現場に何が起こっているのかを想像からかい離させる。
それでも、人々は努めてその想像を手放してはならないと思う。画面の中で爆発したその場には、何が起こっているのか。
誰がそうさせているのか。 
  
本当の強さや進歩は武器で相手を倒し、支配することではない。
大切な存在を守ろうとするために、誰かが大切にしているものを奪うことは矛盾し、憎しみを連鎖する。
 
ドラマのネタバレになるが、第9話の沖縄戦のとある民家で傷つき、息絶えつつある沖縄の女性が主人公に「撃ってほしい」とジェスチャーする。
人間らしい本来の人格と、戦友の命を奪ってきた”憎むべきジャップ”を一人でも多く倒してやるという、深い感情や使命感のはざまでかろうじて精神を保ち続けている主人公は銃を置く。
そして女性の頭を胸に抱き、息絶えるまで抱き続ける。
  
酷い戦いは常に、現場の人々ではない一部の為政者などの欲望や独善、人々の「巻き込まれていくこと」を看過し、”変わりつつある雰囲気”に流されていく姿勢によって引き起こされる。
 
誰のために、自分はどうしたいのか。
そのために大切なことは何か。
 
なのだとおもう。
    
こんなに自由な立ち位置の自分でもなんとなく、ものが言いづらくなりつつある日本社会ではあるけれども、
”THE PACIFIC”というドラマを見て久々にそんな自分の考え方を省みることができた気がする。
 
我が7歳児が小学校高学年か中学生になったころ、もう一度一緒にみて、話し合いたいと思うドラマだった。
THE PACIFIC Amazonプライムビデオ

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